近視手術の後遺症対策研究会~レーシックの裁判例
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LASIK術後の視力低下における賠償請求事件



裁判年月日  平成20年 1月30日  裁判所名  東京地裁  裁判区分  判決
事件番号  平17(ワ)8193号
事件名  損害賠償請求事件
裁判結果  請求棄却  文献番号  2008WLJPCA01308006

 要旨
 ◆近視矯正等を目的として、被告医療法人の経営するクリニックを受診して同クリニックの被告医師からレーザー角膜内切削形成術(LASIK手術)を受けた原告が、手術後に視力低下が生じたとして診療契約上の債務不履行又は不法行為に基づいて、被告らに対して損害賠償を求めた事案において、原告が主張する薬事法一四条による製造販売の承認を得ていない機器の使用に関する過失など本件施術について被告医師に過失があったとは認められず、また、被告医師らに説明義務違反があったとも認められないとして、原告の請求を棄却した事例
 
出典
 ウエストロー・ジャパン
 
参照条文
 民法415条
 民法709条
 民法715条
 薬事法14条


裁判年月日  平成20年 1月30日  裁判所名  東京地裁  裁判区分  判決
事件番号  平17(ワ)8193号
事件名  損害賠償請求事件
裁判結果  請求棄却  文献番号  2008WLJPCA01308006

埼玉県川口市〈以下省略〉

 

原告

同訴訟代理人弁護士

矢澤曻治

東京都港区〈以下省略〉

 

(商業登記簿上の住所 東京都港区〈以下省略〉

 

被告

医療法人社団南青山アイクリニック

同代表者理事長

Y1

東京都中央区佃1丁目11番7-1710号

 

被告

Y1

被告ら訴訟代理人弁護士

畑中鐵丸

同訴訟復代理人弁護士

山岸純

小倉亮

主文

 1  原告の請求をいずれも棄却する。
 2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  請求
 被告らは,原告に対し,連帯して8997万4029円及びこれに対する平成15年2月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2  事案の概要
 本件は,原告(昭和44年○月○日生)が,平成14年4月15日,近視矯正等を目的として,被告医療法人社団南青山アイクリニック(以下「被告医療法人」という。)が経営する南青山アイクリニック東京(以下「被告クリニック」という。)を受診し,同年11月9日及び平成15年5月24日,被告Y1医師(以下「被告Y1医師」という。)から,レーザー角膜内切削形成術(Laser in situ Keratomileusis。以下「LASIK手術」という。)を受けたが,同術後に左眼の視力低下が生じたと主張して,診療契約上の債務不履行又は不法行為(民法709条及び715条)に基づき,被告らに対し,損害賠償として連帯して8997万4029円及びこれに対する平成15年2月24日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
 1  前提となる事実等(当事者間に争いがないか,証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)
 (1)  当事者
  ア 原告は,本件に関し,平成14年4月15日から平成15年7月29日までの間,被告クリニックに通院して診療を受けていた者である。
  イ 被告医療法人は,被告クリニックを開設・経営している。
被告Y1医師は,被告医療法人の理事長であり,被告クリニックの院長を務める眼科医師である。
 (2)  エキシマレーザー装置による手術に関する用語等
  ア PTK,PRK
PTKとは,治療的角膜切除術とも言われ,エキシマレーザーを照射して角膜の表面の不整,混濁,潰瘍等を除去することを目的とする手術である。
PRKとは,エキシマレーザーを角膜中央部に照射して角膜表面を削り,角膜の形状・屈折力を変えることによって近視等を矯正する手術である。下記LASIK手術とはフラップを作成するか否かに違いがある。
  イ LASIK(レーシック)手術
LASIK手術とは,エキシマレーザーによる屈折矯正手術の1つであり,マイクロケラトームと呼ばれる機器で角膜の表面の一部を薄く剥がして蓋となるフラップを作成し,エキシマレーザーの照射によって角膜の形状・屈折力を変え,焦点を整えることによって近視・遠視や乱視を矯正する手術である(甲B5,6,9,11,14)。
LASIK手術をはじめとする屈折矯正手術の歴史は,1939年(昭和14年)のRK(メスで角膜に放射状の切り込みを入れることにより視力を矯正する手術)に始まり,その後,1963年(昭和38年)にケラトミレイシス(角膜を薄く切除し,形状を加工して元に戻す手術),1985年(昭和60年)にPRK,1988年(昭和63年)にALK(フラップを作成し,更に角膜中央部をマイクロケラトームで削る手術)が行われ,1990年(平成2年)にLASIK手術が開発され,現在に至っている(甲B5,7)
LASIK手術は,1995年(平成7年),アメリカ食品医薬品局(以下「FDA」という。)が,エキシマレーザー装置を認可したことによって急速に普及し,アメリカでは,1999年(平成11年)には約70万人が,2002年(平成14年)には,100万人を超える人がこの手術を受けたといわれている(甲B2,3,5,11)。
我が国では,平成12年1月に,厚生大臣が眼科用エキシマレーザー装置を医療機器として承認したが,同年5月12日,日本眼科学会エキシマレーザー屈折矯正手術ガイドライン起草委員会は,日本眼科学会に対し,国内外共にエキシマレーザー装置を用いたLASIK手術が屈折矯正手術として数多く行われている状況を踏まえて,エキシマレーザー屈折矯正手術のガイドラインを答申している(甲B66,乙B3)。
  ウ LASIK手術における照射方法等
 (ア) 通常照射,OATZ照射
LASIK手術における通常・従来型の照射方式としては,コンベンショナル照射(conventional照射。Plano-Scan LASIKとも言われる。)があり,近視・遠視(球面レンズ)及び乱視(円柱レンズ)を矯正するものとされている(甲B8,9,14)。
OATZ(Optimized Aspherical Transition Zone)照射とは,Final Fitというソフトウェアを用いて,照射面と非照射面のつなぎの部分(Transition Zone。TZ)の形状を最適化するような照射を行うことによって,夜間の視機能の低下,具体的には,光が必要以上にまぶしく見える症状(グレア)や光の周りがぼんやりと輪になって見える症状(ハロー)を軽減することができる通常照射のマイナーチェンジとしての照射方法である(甲B13,18,23,29,36,52,55,被告医療法人代表者兼被告Y1,鑑定の結果)。
 (イ) カスタム照射(甲B8,10,14,18,37ないし39,51,52,57,乙A1,乙B22,23,弁論の全趣旨)
カスタム照射とは,通常照射による球面レンズ・円柱レンズの矯正に加え,個々の患者の角膜や眼全体の収差(光学的なゆがみ)を測定し,それに応じてオーダーメイドで照射パターンを決める照射方法であり,主に下記a及びbの方法がある。
なお,segmental照射(セグメンタル照射)とは,株式会社ニデック(以下「ニデック社」という。)が製造販売しているエキシマレーザー角膜手術装置EC-5000シリーズを用いて行うカスタム照射の別名であり,同装置によるカスタム照射は,segmental unitを使用して,1つのビームを小さく分割して照射が行われることから,そのように呼ばれている。
a Wavefront LASIK
Wavefront LASIK(OPDCAT LASIK)とは,収差計(波面センサー)と呼ばれる器械を用いて眼全体の収差を測定し,個人個人の眼に合わせてレーザーを照射する方法である。
b Topo-Link LASIK
Topo-Link LASIK(CATZ LASIK)とは,Wavefront LASIKが眼全体の収差を打ち消すように照射を行うのに対し,角膜だけの収差を無くすようにレーザーを照射する方法であり,特に大きな角膜不正乱視のある患者やリトリートメント(レーザー再照射)での収差の低減に効果があるとされている。
下記第2回LASIK手術において,原告の左眼に行われたカスタム照射はこの方法である(乙A1)。
 (ウ) フレックススキャン照射(甲B13)
フレックススキャン照射とは,通常スキャンでは角膜周辺部が中心部より浅く切除されてしまうところ,周辺部の切除深度を任意に変化させることにより,中心部と周辺部の切除深度誤差をコントロールし,PTK照射による遠視化を軽減する照射機能をいう。ニデック社が製造販売しているエキシマレーザー角膜手術装置EC-5000CXⅡに搭載されている。
  (3)  被告クリニックにおける診療経過
原告の被告クリニックにおける診療経過は,別紙診療経過一覧表記載のとおりである(同一覧表中の証拠の摘示のない事実は,当事者間に争いがない。)。後に摘示する当事者の主張に関係する限りにおいてその大要を摘示すると,次のとおりである。
  ア 原告は,平成14年4月15日,近視矯正等を目的として被告クリニックを受診した。
同日の原告の視力検査の結果は,右眼が裸眼視力0.3,矯正視力1.5,左眼が裸眼視力0.1,矯正視力1,2であった。
原告は,同日,被告クリニックにおける各種適応検査及び診察の結果,両眼についてLASIK手術の適応ありとされたことなどから,両眼LASIK手術を同年5月17日に受けることを予約したが,後日キャンセルした。
同年9月30日,原告は,再度被告クリニックを受診し,上記検査時から3か月が経過していたことによる再検査(適応検査)を受けたところ,LASIK手術の適応ありとされた。そこで,原告は,両眼LASIK手術を同年11月9日に受けることを予約した。
  イ 第1回LASIK手術
原告は,平成14年11月9日,被告Y1医師から,両眼についてLASIK手術(以下「第1回LASIK手術」という。)を受けた。
第1回LASIK手術においては,ニデック社が製造販売しているエキシマレーザー角膜手術装置EC-5000CXⅡ(以下「本件機器」という。)及びマイクロケラトームMK-2000(以下「MK-2000」という。)が使用された。具体的には,MK-2000によるフラップ作成並びに本件機器によるOATZ照射及びフレックススキャン照射が行われた(甲A1,乙A1)。
翌10日,術後1日検査が行われ,原告の視力検査の結果は,右眼及び左眼共に裸眼視力1.2であったが,同日の原告の主訴は,左眼が見にくいというものであった。
その後,原告は,視力検査の結果,左眼の視力が低下したことなどから,平成15年2月14日,左眼について再手術を希望した。
  ウ 第2回LASIK手術
原告は,平成15年5月24日,被告Y1医師から左眼について再度のLASIK手術(以下「第2回LASIK手術」という。また,第1回LASIK手術と合わせて「本件各LASIK手術」という。)を受けた。   第2回LASIK手術においては,本件機器によるカスタム照射たるセグメンタル照射(Topo-Link LASIK(CATZ LASIK)),遠視矯正(hyperopia。正確には遠視化防止照射)及びPTK照射が行われた(甲A1,乙A1)。
  なお,第2回LASIK手術においては,第1回LASIK手術の際に作成したフラップをめくった(リフティング)ことから(甲A1,乙A1),MK-2000は使用されていない。
  エ 第2回LASIK手術後の診療経過
  平成15年5月25日,術後1日検査が行われ,視力検査の結果,原告の左眼の視力は,ソフトコンタクトレンズ装着下で0.06であり,その後の視力検査においても,左眼の裸眼視力に大きな変化は見られなかった。
  同年7月29日,原告は,A医師(以下「A医師」という。)による検診を受けたが,原告の主訴は,「変わらない。コンタクトレンズをしても見えない。」というものであり,視力検査の結果,左眼の視力は,裸眼視力0.01,矯正視力0.1(眼鏡による矯正),0.3(ハードコンタクトレンズによる矯正)であった。
  (4)  製造販売に関する承認履歴(甲B13,乙B16,17,27,調査嘱託の結果)
  ニデック社が製造販売しているEC-5000及びMK-2000については,以下のとおり,薬事法14条に基づき,厚生大臣又は厚生労働大臣(平成13年1月6日に施行された中央省庁等改革関係法施行法(平成11年法律第160号)667条による改正に伴い,薬事法上,「厚生大臣」が「厚生労働大臣」に改められた。以下同じ。)による製造販売の承認がされた。
  なお,本件機器に内蔵されるソフトウェアについては,単体としては,医療機器として薬事法14条による承認の対象とはされていない。
    ア 平成10年4月24日
  使用目的 治療的角膜切除術(PTK):角膜表層の病変部の切除
    イ 平成12年1月28日
  使用目的の追加 角膜屈折矯正手術(PRK):遠視及び遠視性乱視を除く屈折異常の矯正
    ウ 平成15年9月26日
  照射パターンの変更(フレックス照射)
    エ 平成18年10月25日
  (ア) EC-5000について
  使用目的の追加 レーザー角膜内切削形成術(LASIK):近視及び近視性乱視の矯正
  (イ) MK-2000Lについて
  使用目的 レーザー角膜内切削形成術(LASIK)における角膜フラップの作製
    オ 平成19年10月1日
  販売名 エキシマレーザー角膜手術装置 EC5000CXⅢ
 2  争点
  本件の主たる争点は,次の5点である。
    (1)  薬事法14条による製造販売の承認を得ていない機器の使用に関する過失の有無(争点1)
    (2)  第2回LASIK手術において,セグメンタル照射,遠視矯正,PTKの3つの施術を同時に行ったことに関する過失の有無(争点2)
    (3)  説明義務違反の有無(争点3)
    (4)  因果関係の有無(争点4)
    (5)  損害の有無及び額(争点5)
 3  争点に関する当事者の主張
    (1)  争点1(薬事法14条による製造販売の承認を得ていない機器の使用に関する過失の有無)について
  (原告の主張)
  原告に対して使用された本件機器及びMK-2000は,本件各LASIK手術当時,薬事法上,以下のア及びイ記載の使用目的においては製造販売が承認されておらず,その安全性は確認されていなかった。
  しかるに,被告Y1医師は,これらの機器を使用して本件各LASIK手術を行ったのであって,こうした行為は原告に対する人体実験ともいうべきものであり,過失があることは明らかである。
  また,本件各LASIK手術当時,LASIK手術専用のノモグラム(計算図表)やセグメンタル照射のためのノモグラムは確立しておらず,施術によって過矯正となる可能性があった。そして,被告らは,上記ノモグラムの確立のため,また,本件機器について新たな使用目的での製造販売の承認を得るために,箱根やバルセロナ等でのニデック社主催の会議において,原告を含むそれまでの被告クリニックにおける症例データの提供・報告を行うなど,ニデック社と共同開発協力関係を維持してきた。
  こうした事実を背景として,被告らは,原告をはじめ,多くの患者に対し,治験前から未承認の機器による施術を行い,上記情報収集のための人体実験を行ってきたのである。
    ア 第1回LASIK手術について
  (ア) フレックススキャン照射及びOATZ照射を行ったこと
  本件機器は,薬事法上,使用目的として,平成10年4月24日にPTKが,平成12年1月28日にPRK(遠視及び遠視性乱視を除く)が承認されていたにすぎず,本件機器によるLASIK手術,フレックススキャン照射,OATZ照射は,本件各LASIK手術当時,いずれも薬事法14条の承認はされていなかった。
  すなわち,本件機器によるフレックススキャン照射は,平成15年9月26日に,LASIK手術は,平成18年10月25日に至って初めて承認されたものであり,本件各LASIK手術当時,その安全性は確認されていなかった。
  (イ) MK-2000を使用してフラップを作成したこと
  MK-2000を使用してフラップを作成することは,当時の厚生省の通達に反する違法行為にもかかわらず,被告Y1医師はこれを行った。
  すなわち,MK-2000は,平成8年11月30日,特定の目的に限定して承認され,平成10年9月16日,医療用刀として医療用具製造品目追加許可申請がされ,平成11年6月23日,その製造製品届けがされたにすぎず,フラップの作成は使用目的には含まれていなかった。
  また,厚生省医薬安全局審査管理課長は,平成12年3月28日付けで,角膜表層切除を目的としたマイクロケラトームについて,LASIKなどの新しい術式への効能等を標榜しようとする場合には,当時の薬事法施行規則18条1項に該当すると考えられるので,承認申請を行う必要がある旨の見解を表明している。
  さらに,平成16年4月10日付けの日本眼科学会のガイドラインでも,マイクロケラトームは厚生労働省の適応承認を受けていないので、医師は自己の責任において使用しなければならないとされている。
    イ 第2回LASIK手術について
  (ア) セグメンタル照射を行ったこと
  本件機器によるセグメンタル照射は,第2回LASIK手術当時,薬事法14条の製造販売についての承認を受けていなかった。また,当時セグメンタル照射に関するノモグラムも確立されていなかったことは前記のとおりであり,その安全性は欠如していた。
  すなわち,セグメンタル照射とは,カスタム照射と同義であるところ,原告に対して行われたカスタム照射(CATZ LASIK)は,ニデック社のホームページ(甲B13)によれば,平成15年12月に治験を開始し,平成17年12月に承認される見込みにすぎなかった。にもかかわらず,被告らは,上記治験開始前である第2回LASIK手術において,これを行った。
  (イ) 遠視矯正を行ったこと
  本件機器による遠視矯正は,第2回LASIK手術当時,薬事法14条の製造販売についての承認を受けていなかった。このことは,ニデック社のホームページ(甲B13)に平成16年11月に「遠視及び遠視性乱視とLASIKの承認見込み」とされていることからも明らかである。
  (ウ) 角膜混濁の治療目的以外でPTKを行ったこと
  本件機器による角膜混濁の治療目的以外でのPTKは,第2回LASIK手術当時,薬事法14条の製造販売についての承認を受けていなかった。被告Y1医師が,第2回LASIK手術において,PTKを行った目的は明確でないが,本件機器は,平成10年4月24日に角膜混濁を除去する等の治療的角膜切除術(PTK)を使用目的として承認されていたにすぎず,これ以外の使用目的については,薬事法上,承認されていなかった。
    ウ 被告らの主張に対する反論
  (ア) 被告らは,薬事法14条が規定しているのは,医療機器の製造販売に関する承認であり,未承認の医療機器の使用が法律違反ということではなく,医師の裁量の下で使用する限り問題はない旨主張する。
  しかしながら,薬事法が医療機器の製造販売に関する承認のみを規定しており,その使用については承認を要求していないとしても,医師が未承認の機器を自由に使用しても良いことにはならない。機器の使用について医師に一定の裁量権があるとしても,被告らは,未承認の機器が承認を受けた機器と比較して安全性等に問題があることを熟知しているのであるから,その使用によって生じた結果については,当然その責めに任ずべきである。
  (イ) また,被告らは,医療機器に搭載される照射プログラム(ソフトウェア)については,薬事法上,医療機器としての承認の対象とされていないから,そもそも違法などという問題は生じない旨主張する。
  しかしながら,本件機器を含むEC-5000シリーズは,薬事法上,使用目的が限定されて製造販売が承認されていることは前記のとおりであるから,いかなるソフトウェアを使用するかにかかわらず,本件機器を未承認の使用目的において使用する限り,違法となることは言うまでもない。被告らは,ソフトウェアの承認が不要であるとの隠れ蓑の下,未承認の使用方法による施術を行っているにすぎない。
  (ウ) さらに,被告らは,現在では,本件機器やMK-2000は,薬事法14条に基づく厚生労働大臣の承認は得られている旨主張する。
  しかしながら,本件各LASIK手術後,ノモグラムの改良が重ねられ,ソフトウェアのバージョンアップが図られた結果,薬事法14条に基づく厚生労働大臣の承認が得られたとしても,そのことをもって,上記各手術で使用された機器の安全性が遡及的に肯定されることはない。
  (被告らの主張)
  以下の点からすれば,薬事法上,製造販売の承認を得ていない機器を使用したことについて,被告らに過失はない。
  なお,原告は,被告らが,ニデック社主催の会議において,原告を含むそれまでの被告クリニックにおける症例データの提供・報告を行った旨主張するが,被告らは,ニデック社に対し,いかなるデータも提供していない。
    ア 薬事法14条の承認について
  薬事法14条は,医療機器の製造販売についての承認を定めたものであり,医師による医療機器の使用についての承認を定めたものではないから,かかる承認がされていない医療機器であっても,医師の裁量の下で使用する限り何ら違法ではなく,人体実験と言われるようなものでは決してない。
  また,薬事法14条に基づく承認は,承認を得ていることが医療機器メーカーの販売促進に役立つという程度の効果を生み出しているにすぎず,薬事法14条に基づく承認の有無と当該機器の安全性・有用性との間には,何らの有意的関連性はない。
    イ EC-5000シリーズの安全性
  (ア) LASIK手術について
  本件機器を含むニデック社が製造販売しているEC-5000シリーズは,第1回LASIK手術以前からFDAが,安全性・有用性を確認した上でLASIK手術への使用を許可していた。また,EC-5000シリーズは,国内においても,本件各LASIK手術当時,既に多くのLASIK施術者によって安全性・有用性が確認され,実績が認められていた機器であり,平成18年10月25日にはLASIK手術を使用目的として製造販売することが薬事法上承認され,上記の安全性が追認されるに至っている。
  なお,原告は,ノモグラムが確立していなかったことを問題とするが,ノモグラムは,医療用具利用上の個別具体的ノウハウに属すべきものであり,医療機器として承認を受けるべき対象ではないし,安全性を満たす唯一の完全解が存在するという類のものでもない。被告らは,本件機器を3か月に1回は点検しており,搭載されるノモグラムも含めて本件機器の安全性を確認しているし,鑑定の結果からも明らかなように,そもそもノモグラムは「確立」されるようなものかどうかは不明であって,本件機器の安全性の問題とは関係がない。
  (イ) OATZ照射,セグメンタル照射について
  OATZ及びセグメンタル照射は,照射プログラム名(ソフトウェア名)にすぎず,医療機器ではないところ,厚生労働省に対する調査嘱託の結果によれば,ソフトウェアについては医療機器としての承認の対象としていないとされる。
  したがって,OATZ及びセグメンタル照射自体は,承認を要する医療機器ではないから,承認を得ていない機器を使用したことを過失とする原告の主張は,前提において失当である。
  (ウ) 遠視矯正について
  第2回LASIK手術において行われた施術は,正確には遠視矯正ではなく,「近視矯正術によって,やや遠視傾向化(オーバーシュート)した視力を調整するための処置」にすぎない。
  また,遠視矯正は,平成18年10月11日,FDAによって使用,製造,販売が承認された。これは,同術式が第2回LASIK手術当時においても理論的な裏付け,実績があったことを,公の機関が追認したことを示すものである。
  (エ) PTKについて
  前記のとおり,薬事法14条は,医療機器の製造販売についての承認を定めたものであり,医師による医療機器の使用についての承認を定めたものではない。また,PTKは,平成10年4月24日に厚生大臣によって既に承認されていたものであり,仮に角膜混濁の治療目的以外でのPTKが薬事法上承認されていないとしても,医師の裁量の下で使用する限り何ら違法ではない。鑑定の結果によっても,第2回LASIK手術において,原告の左眼に対し,PTKを行ったことは不適切ではないとされている。
    ウ MK-2000について
  MK-2000は,平成11年9月24日,FDAがその安全性・有用性を確認した上で,LASIK手術への使用を許可しており,日本においても,平成18年10月25日,厚生労働大臣がLASIKにおける角膜フラップの作製を使用目的として製造販売を承認している。
  また,MK-2000は,第1回LASIK手術当時,十分臨床実績のある医療機器であったことは鑑定の結果からも明らかである。
    (2)  争点2(3つの施術を同時に行ったことに関する過失の有無)
  (原告の主張)
  被告Y1医師は,第2回LASIK手術において,セグメンタル照射,遠視矯正,PTKの3つの施術を同時に行った。
  しかしながら,上記手術当時は,前記のように,セグメンタル照射はおろか,LASIK手術専用のノモグラムさえ確立していなかったのであるから,これらの照射を同時に行うことの安全性は何ら確立していなかった。
  (被告らの主張)
  原告の主張によっても,セグメンタル照射,遠視矯正,PTKの3つの施術を同時に行うことが,いかなる理論的根拠によって過失の評価根拠事実となるのか全く不明である。
  なお,鑑定の結果によれば,第2回LASIK手術において,上記3つの施術を同時に行ったことは不適切ではないとされており,こうした施術が,当時の医療水準において十分に安全性が保証され,理にかなったものであったことは明らかである。
    (3)  争点3(説明義務違反の有無)
  (原告の主張)
  被告クリニックの医師らは,本件各LASIK手術前において,原告に対し,以下の各点を十分に説明すべきであったのに,これを怠り,かえって虚偽の説明を行うなどした。
    ア 第1回LASIK手術前
  (ア) LASIK手術の内容,危険性
  (イ) LASIK手術の適応に問題があること
  原告がバスの運転手であったこと,非対称乱視であったこと,術前の左眼の矯正視力は1,2であったこと,左右不同視であったこと,ドライアイであったことなどからすれば,LASIK手術の適応には問題があった。しかるに,こうした適応の問題点については説明がなかった。
  (ウ) 本件機器及びMK-2000を未承認の使用目的で使用すること
  (エ) LASIK手術のためのノモグラムや環境が確立していないこと
    イ 第2回LASIK手術前
  (ア) 手術適応がないこと
  上記ア(イ)のとおり,原告の視力からすれば,第2回LASIK手術の適応はなかった。また,第1回LASIK手術によっても非対称乱視は治癒されておらず,これが理論的に矯正不可能だとすれば,手術適応がないことは当然である。
  (イ) 原告の角膜混濁とPTKの必要性
  第2回LASIK手術では,PTKが行われているところ,PTKは,角膜混濁の治療のために行われるものであるから,第2回LASIK手術前,原告の角膜には混濁があったと考えられる。しかしながら,被告Y1医師は,同手術前,原告に対し,角膜にいかなる混濁が生じているか,また,その治療のためのPTKの必要性について何ら説明しなかった。
  (ウ) 3つの施術を同時に行うこと
  被告Y1医師は,原告に対し,乱視矯正,遠視矯正,PTKの3つの内容を同時に施術することについて説明しなかった。これらの施術のためのノモグラムが確立していないことから,この同時手術には大きなリスクがあることを説明すべきであった。
  (エ) 本件機器を未承認の使用目的で使用すること
  被告Y1医師は,原告に対し,本件機器を未承認の使用目的で使用することを説明しなかった。そして,未承認の使用目的であれば,LASIK手術やカスタム照射の安全なノモグラムが確立していないFDAの承認を得るための治験であることも説明するなどして,手術のリスクを十分説明しなければならないはずである。
  (オ) セグメンタル照射の合併症,長期的予後が不明であること
  被告Y1医師は,原告に対し,セグメンタル照射に起因する合併症,及びその長期的予後が不明であることについて説明しなかった。
  (被告らの主張)
  以下の点からすれば,被告クリニックの医師らは,原告に対し,十分な説明を行っており,説明義務違反はない。
  なお,薬事法14条の承認は,医療機器メーカーの販売に関するものであり,医師の使用に関するものではないので,医師としては,当該医療機器の使用に関する安全性・有用性について説明すれば足り,薬事法14条の承認の有無に関する説明は不要である。
    ア 第1回LASIK手術前
  被告クリニックの医師らは,原告が第1回LASIK手術前に3回ほど来院した際,原告に対し,検査等を行いながら合計約4時間から5時間にわたり,LASIK手術について書かれたガイダンスを手交しながら下記事項について十分に説明した。
  (ア) 手術の必要性,リスク,矯正の可能性について
  (イ) 手術に使用する医療機器の性能,これまでの術例等について
  (ウ) 乱視の矯正を行うこと
  (エ) LASIK手術の術式の具体的内容,その術式の危険性,後遺症,合併症などについて
  (オ) 屈折矯正手術の全般的,具体的内容について
    イ 第2回LASIK手術前
  被告クリニックの医師らは,原告が第2回LASIK手術前に3回来院した際,原告に対し,検査等を行いながら合計約3時間にわたり,下記事項について十分に説明した。
  (ア) 乱視矯正のためのカスタム照射の術式について
  (イ) 手術に使用する医療機器の性能,これまでの術例等について
  (ウ) カスタム照射に係る合併症などについて
    (4)  争点4(因果関係の有無)
  (原告の主張)
  原告の左眼の視力低下は,上記被告Y1医師らの各過失によるものである。
  被告らは,原告が途中で診療を放棄した旨主張する。
  しかしながら,原告は,診療を放棄していない。原告は,被告クリニックで2回のLASIK手術を受けた後,8回も検査受診をしており,途中で多少のトラブルがあったにせよ,A医師の診察も受けている。被告らは,本件各LASIK手術の失敗にもかかわらず,原告が再手術による治療を拒否しているなどと責任転嫁の主張をしているにすぎない。
  (被告らの主張)
  原告は,被告らによる治療の途中に,自らの意思で治療を受けることを拒否したのであって,原告自身の行為という介在事情が存在する以上,因果関係は存在しない。
  仮に,原告主張のとおりの視力低下が認められたとしても,鑑定の結果によれば,その視力低下は,原告の心因性によるものであり,被告らの手術内容とは関係がない。
    (5)  争点5(損害の有無及び額)
  (原告の主張)
    ア 手術費用相当額 25万2000円
  原告は,被告クリニックに対し,第1回LASIK手術の代金として,50万4000円を支払ったが,同手術は,原告の左眼の矯正という目的を実現しなかったのであるから,半額の25万2000円の返還を求める。
    イ 通院交通費 合計1万7080円
  原告は,本件に関する通院交通費として,以下のとおり支出した。
  (ア) 被告クリニック 8260円
  (イ) 東京歯科大学市川総合病院 1620円
  (ウ) 東京医科歯科大学医学部附属病院 3680円
  (エ) 藍眼科クリニック 760円 (オ) 順天堂大学医学部附属順天堂医院 920円
  (カ) 錦糸眼科 1840円
    ウ 診察料・文書料 合計6万5360円
  原告は,本件に関する診察料・文書料として,以下のとおり支出した。
  (ア) 被告クリニック 7700円
  (イ) 東京医科歯科大学医学部附属病院 1万1300円
  (ウ) 藍眼科クリニック 5000円
  (エ) 順天堂大学医学部附属順天堂医院 8480円
  (オ) 錦糸眼科 2万1400円
  (カ) 藤田眼科医院 1480円
    エ 慰謝料
  (ア) 後遺症慰謝料 819万円
   a 原告は,第1回LASIK手術及び第2回LASIK手術の結果,左眼が裸眼視力0.01,矯正視力0.01又は矯正不能となった。
  この上記視力障害は,1眼の視力が0.02以下になったものとして,後遺障害等級8級第1号に準ずる。また,原告は,上記後遺障害により,めまい,吐き気が断続的に生じ,不眠症,肩こり,ストレスが絶えないことから,これらの治療薬を服薬中である。
  こうした原告の精神的苦痛に対する慰謝料としては,819万円が相当である。
   b なお,被告らは,原告には,法的に損害と認められるほどの視力障害は存在しない旨主張する。
  しかしながら,原告の左眼の視力については,大学病院等の複数の医師が矯正不能と診断している。また,被告Y1医師も3回目の手術で0.1の裸眼視力が得られる可能性は50%であると診断しているし,A医師も,裸眼視力及び矯正視力の低下を認めている。
  (イ) 固有の慰謝料 250万円
  被告Y1医師は,厚生省の認可を受けていない本件機器を原告に何ら説明することなく使用し,いわば数少ない症例・施術データを収集するための人体実験を行った。こうした被告Y1医師の行為は,原告の人格権を著しく侵害するものであるから,上記後遺障害慰謝料に加えて,固有の慰謝料として250万円の支払を求める。
    オ 逸失利益 7094万7849円
  (ア) 定年までの就労分 4887万0961円
  原告は,平成14年当時,東京都交通局企業職員としてバスの運転業務に従事しており,上記後遺障害が生じなければ,34歳の症状固定時から60歳の定年までの26年間は稼働可能であった。そして,原告は,公務員であり,少なくとも毎年0.03%の定率昇給があると考えられるから,上記就労可能年数に対応するライプニッツ係数は,これに即して19.6743とすべきである。よって,基礎収入を平成14年当時の年収である552万円とし,労働能力喪失率を45%として,逸失利益の現価を算定すると,以下のとおり,4887万0961円となる。
  552万円×0.45×19.6743=4887万0961円
  (イ) 定年後の就労分 919万2038円
  原告の定年後の60歳から67歳までの間の逸失利益については,基礎収入を賃金センサス平成14年高卒男性の60歳から64歳の平均年収額である404万3300円,労働能力喪失率を45%として,その現価を算定すると,以下のとおり,919万2038円となる。
  404万3300円×0.45×(27.0792-22.0272)=919万2038円
  (ウ) 予想される退職手当の減少分 1288万4850円
  原告は,上記後遺障害により,バスの運転業務から運輸業務に配転が決まり,転職に伴う3年4か月間の昇給延伸がされるなど,上記後遺障害による退職手当の減少は必至である。
  上記後遺障害により予想される退職手当の減少額は,以下のとおり,東京都交通局企業職員俸給表(三)3級35号俸給44万1300円から同俸給表(一)16号俸給23万5800円を差し引いた額に国家公務員支給手当の係数である62.7を乗じた額である1288万4850円である。
  (44万1300円-23万5800円)×62.7=1288万4850円
    カ 精神的な障害に関する医療費 1740円
  原告は,めまい,吐き気,不眠症,肩こり,ストレス等の精神的な障害が生じており,その治療のため,精神安定剤,睡眠薬等を服用している。こうした医療費のうち,本件では,その一部として,梶原診療所への通院分である1740円を請求する。
    キ 弁護士費用 800万円
  (被告らの主張)
  原告の主張する損害の発生及び額は,いずれも争う。
  なお,仮に,被告らの責任原因がすべて認められたとしても,原告は,被告らの治療を自らの責任と判断において拒絶したのであり,これによって視力の回復が遅れていると認められることから,過失相殺がされるべきである。
    ア 視力障害について
  原告の主張する視力は自覚検査によるものであるところ,他覚的所見との差がありすぎること,医学的な経験則上あり得ない視力低下の主張であること,原告のこれまでの言動等からすれば,直ちには法的に損害と認められるほどの視力低下が生じているとは考えられない。
  仮に,原告に視力障害が生じているとしても,原告の左眼は,いまだ十分な角膜厚を保っており,LASIK手術の特性上,再手術による眼部への影響は中立であるから,再手術等による視力矯正の可能性は十分存在する。また,被告Y1医師は,原告に対し,第2回LASIK手術前に,3回目の手術の可能性を説明しており,このことは原告も理解していた。しかるに,原告は,自己の意思で治療を途中で放棄したのであるから,このような状態を損害と観念することはできない。
    イ 手術費用の返還について
  原告は,被告らから十分な説明を受けた上,LASIK手術によっても左眼の矯正目的を達せない可能性について記載されたLASIK同意書にサインしたのであるから,左眼の障害は,原告自身が負担する危険であり,手術費用は原告が負担すべきものである。
    ウ 通院交通費について
  原告が被告クリニックに通院することは,契約上想定されていたものであり,他院への通院も,原告が自己の判断で被告クリニックでの治療を拒絶したことによるものであるから,いずれの通院費も原告が負担すべきものである。
    エ 診察料・文書料について
  診察料・文書料は,原告が自己の判断で被告クリニックでの治療を拒絶して,受診・作成したものであっていずれも損害とはいえない。
    オ 逸失利益について
  後遺障害たる視力障害の有無については,上記ア主張のとおりである。
  また,原告が26年間勤務を継続したであろうこと,定期昇給,特別昇給などは,原告の希望にすぎず,損害額算定の根拠にはならない。
    カ 慰謝料
  後遺障害たる視力障害の有無については,上記ア主張のとおりである。
  また,原告が主張するめまい,吐き気,不眠症,肩こり,ストレスといった損害自体,証拠上一切顕れておらず,根拠を欠く。
  さらに,原告に対して行われたLASIK手術が人体実験であるという固有の慰謝料請求の前提自体,何ら客観的根拠に基づかないものである。
    キ 精神的な障害に関する医療費について
  上記のとおり,原告が主張するめまい,吐き気,不眠症,肩こり,ストレスといった損害自体,証拠上一切顕れておらず,根拠を欠く。
    ク 弁護士費用
  本件において,被告らに不法行為は認められないから,不法行為の成立を前提とする弁護士費用の請求は認められない。また,原告が主張する弁護士費用は,弁護士報酬契約等が明らかでなく,過大な損害として主張されている可能性がある。
第3  争点に対する判断
 1  LASIK手術に関する原告の診療経過
  前記前提となる事実等(第2の1)及び証拠(甲A1ないし9,甲B1,25ないし28、43ないし45、89ないし92,94,95,乙A1,乙B22,24,26,原告本人,被告医療法人代表者兼被告Y1(以下「被告Y1」という。),鑑定の結果及び調査嘱託の結果)によれば,次の事実を認めることができる。
    (1)  第1回LASIK手術まで
    ア 原告は,平成14年4月15日,近視矯正等を目的として被告クリニックを受診し,「屈折矯正手術の説明と適応検査を受けたい」旨を問診表(甲A1の143頁)に記載して,各種適応検査及び診察を受けた。
  同日の原告の視力は,右眼が裸眼0.3,矯正1.5,左眼が裸眼0.1,矯正1.2であった。
  そして,同日,原告は,LASIK手術に関するコンサルテーション(LASIK手術に関する一般的な説明)を受け,また,被告クリニックのB医師から,① 見え方の質の低下,② 視力回復・安定にある程度時間がかかる,③ 近視に戻る可能性あり,④ 個人差あり,⑤ 手術は100%ではない(角膜上皮剥離、層間角膜炎,上皮迷入、フラップずれ・しわ),⑥ ケラトームがフィットしない時やフラップがきれいにできない時は中止もあり得る,⑦ 将来老眼鏡が必要,⑧ 手術の合併症として,ドライアイ,夜間の見え方の低下,にじみがある,⑨ 乱視戻りある,⑩ 手術後の見え方は左右同じにはならない,⑪ 左眼のみ強く圧迫するクセがあり,乱視はこのためかもしれないので,そのクセは今日からやめるようにとの説明がされた(甲A1の12頁)。
  こうした被告クリニックにおける検査・診察等の結果,原告は,両眼についてLASIK手術の適応ありとされたことから,同年5月17日に両眼LASIK手術を予約したが,後日キャンセルした。
    イ 同年9月30日,原告は,再度被告クリニックを受診し,上記検査時から3か月が経過していたことから,再検査(適応検査)を受けた。
  同日の原告の視力は,右眼が裸眼0.5p(パーシャル。0.5の一部が見える。),矯正1.5,左眼が裸眼0.3,矯正1.5であった。
  また,同日,被告クリニックの医師から原告に対し,質問の機会が与えられ,原告と被告クリニックの医師との間で,次のような質疑応答がされた(甲A1の15頁)。
  原告の質問「左のみ手術の方が良いのか。」
  医師の答え「そうしたら手術後は左>右となる。運転時は本人の眼鏡が必要。しなければならない手術ではないので,どちらが良いとはいえない。」
  原告の質問「ドライアイあるが可能か。」
  医師の答え「OK。ただし一時的に悪化する。点眼薬が必要。」
  原告の質問「仕事はいつ復帰できるか。」
  医師の答え「1週間以内にはできるだろう。ただし,夜の見え方は低下する。」
  原告の質問「アレルギー性結膜炎の時は,こすっても良いか。」
  医師の答え「だめ。点眼薬でコントロール。」
  こうした被告クリニックにおける再検査・診察等の結果,原告は,両眼についてLASIK手術の適応ありとされたことから,原告は,同年11月9日に両眼についてのLASIK手術を予約した。
    ウ 同年11月8日,術前検査が行われ,原告に対する矯正量の決定などがされた。
    エ なお,第1回LASIK手術前に,原告は,被告クリニックから,LASIK手術の内容,使用する機器,適応と禁忌,合併症等が記載された「EXCIMER LASER REFRACTIVE SURGERY GUIDANCE」と題するパンフレット(乙B22。毎年1回改訂されているが,基本的な内容は大きく変わらない(被告Y1)。)を交付された。
  この点に関し,原告は,本人尋問において,被告クリニックから,上記パンフレットを受け取ったことはない旨供述するけれども,原告の陳述書(甲B1)には,被告クリニックの上記パンフレットの記載内容が引用されている上,原告は,第1回LASIK手術当日に,「私はクリニカルガイダンスを読みました。」との記載がある「LASIK同意書」(甲A1の155頁)に署名押印していることなどからすれば,原告の上記供述は採用することができない。
    (2)  第1回LASIK手術
  原告は,平成14年11月9日,「LASIK同意書」と題する上記書面に署名押印した上,被告Y1医師から,両眼について第1回LASIK手術を受けた。
  第1回LASIK手術においては,ニデック社が製造販売している本件機器及びMK-2000が使用された。具体的には,MK-2000によるフラップ作成並びに本件機器によるコンベンショナル照射としてのOATZ照射及びフレックススキャン照射が行われた。
    (3)  第1回LASIK手術後から第2回LASIK手術まで
    ア 平成14年11月10日,術後1日検査が行われ,視力検査の結果,原告の視力は,右眼及び左眼共に裸眼1.2であったが,同日の原告の主訴は,左眼が見にくいというものであった。
    イ 同月15日,術後1週検査が行われ,視力検査の結果,原告の視力は,右眼が裸眼1.5(矯正不要),左眼が裸眼0.8,矯正1.2であり,同日の原告の主訴は,左眼が少しかすむというものであった。
    ウ 同年12月4日,術後1か月検査が行われ,視力検査の結果,原告の視力は,右眼が裸眼1.5(矯正不要),左眼が裸眼0.4,矯正1.5であり,同日の原告の主訴は,「右眼は見えすぎて疲れる。左眼は見づらい。」というものであった。
    エ 平成15年2月14日,術後3か月検査が行われ,視力検査の結果,原告の視力は,右眼が裸眼1.5(矯正不要),左眼が裸眼0.7,矯正1.5であり,同日,原告は,左眼について同年3月22日に再手術を行うことを希望したが,後にキャンセルし,同月17日に,同年5月24日に再手術を行うことを改めて希望した(甲A1の1,2頁)。
    オ 同年5月23日,再手術のための術前検査が行われ,視力検査の結果,原告の視力は,右眼が裸眼1.5(矯正不要),左眼が裸眼0.8,矯正1.5であった。
  そして,同日,被告Y1医師は,原告に対し,前回と同じ照射だと,同じように視力の戻りが起こる可能性が大きいこと,今回は,照射方法が変わり,カスタム照射を予定すること,この場合,3回目の微調整が必要かもしれないことを説明した(甲A1の26頁)。
    (4)  第2回LASIK手術
  原告は,平成15年5月24日,「LASIK同意書」と題する書面(甲A1の156頁)に署名押印した上,被告Y1医師から左眼について第2回LASIK手術を受けた。
  第2回LASIK手術においては,本件機器によるカスタム照射たるセグメンタル照射(Topo-Link LASIK(CATZ LASIK)),遠視矯正(正確には遠視化防止照射)及びPTK照射が行われた。同手術は,第1回LASIK手術において作成したフラップをめくって行った(リフティング)ことから,MK-2000は使用されていない。
    (5)  第2回LASIK手術後
    ア 平成15年5月25日,術後1日検査が行われ,視力検査の結果,原告の左眼の視力は,ソフトコンタクトレンズ装着下で0.06であった。
    イ 翌26日,被告Y1医師は,原告に対し,左眼のソフトコンタクトレンズの処方等を行う予定であったが,原告は受診しなかった。
    ウ 同月30日,術後1週検査が行われ,被告クリニックの検査員が,原告に対し,トポグラフィー,レフケラト,眼圧測定,視力検査が行った後,コンタクトレンズを試用しようとしたところ,原告は,カルテを自らのバッグにしまってしまった。その後,原告は,被告クリニックの検査員らから,カルテの返却するよう依頼されたが,これを拒否するなどし,そのまま帰宅した。
  その後,被告クリニックの従業員らは,原告又は原告の母親に対し,カルテの返却を引き続き依頼するなどしたところ,同年6月4日にカルテが返却された(甲A1の28ないし31頁)。
    エ 同月6日,原告の左眼の各種検査が行われ,視力検査の結果,原告の左眼の視力は,裸眼0.3,矯正0.9p(眼鏡),0.8(ソフトコンタクトレンズ),1.2(ハードコンタクトレンズ)であった。また,同日,被告Y1医師と原告との間で,経過の説明と質疑応答がされた(甲A1の33ないし36頁)。
    オ 同月13日,原告の左眼に対する各種検査・診察が行われ,視力検査の結果,原告の左眼の視力は,裸眼0.08,矯正0.5であり,左眼について,軽いhaze(角膜上皮下混濁)又はingrowth(フラップ下上皮増殖)が疑われた。
    カ 同月28日,原告の左眼に対する各種検査・診察が行われ,原告の主訴は,変わらないというものであり,左眼に微少なingrowthが認められ,視力検査の結果,原告の左眼の視力は,裸眼0.05,矯正0.5であった。また,同日,被告Y1医師と原告との間で,再度経過の説明と質疑応答がされた(甲A1の40ないし43頁)。
    キ 同年7月4日,視力検査の結果,原告の視力は,右眼が裸眼1.5,左眼が裸眼0.04,矯正0.7(眼鏡),0.4(ソフトコンタクトレンズ),1.2p(ハードコンタクトレンズ)であった。
    ク 同月29日,A医師による診察が行われ,原告の主訴は,「変わらない。コンタクトレンズをしても見えない。暗くはない。ただ,ぼやける。」というものであり,視力検査の結果,原告の視力は,右眼が裸眼1.5,左眼が裸眼0.01,矯正0.1(眼鏡),0.3(ハードコンタクトレンズ),0.6(ソフトコンタクトレンズ及びハードコンタクトレンズを重ねたピンホール視力)であった。
    (6)  原告に対する視力検査の結果

  被告クリニックにおける原告に対する視力検査(遠方視力)の結果をまとめると,以下のとおりである。

  ア 平成14年4月15日
右眼 裸眼0.3,矯正1.5
左眼 裸眼0.1,矯正1.2
イ 同年9月30日
右眼 裸眼0.5p,矯正1.5
左眼 裸眼0.3,矯正1.5
ウ 同年11月10日
右眼 裸眼1.2
左眼 裸眼1.2
エ 同月15日
右眼 裸眼1.5
左眼 裸眼0.8,矯正1.2
オ 同年12月4日
右眼 裸眼1.5
左眼 裸眼0.4,矯正1.5
カ 平成15年2月14日
右眼 裸眼1.5
左眼 裸眼0.7,矯正1.5
キ 同年5月23日
右眼 裸眼1.5
左眼 裸眼0.8,矯正1.5
ク 同月25日
左眼 矯正0.06(ソフトコンタクトレンズ)
ケ 同月30日
左眼 裸眼0.08,矯正0.4
コ 同年6月6日
左眼 裸眼0.3,矯正0.9p(眼鏡),
矯正0.8(ソフトコンタクトレンズ)
矯正1.2(ハードコンタクトレンズ)
サ 同月13日
左眼 裸眼0.08,矯正0.5
シ 同月28日
左眼 裸眼0.05,矯正0.5
ス 同年7月4日
右眼 裸眼1.5
左眼 裸眼0.04,矯正0.7(眼鏡)
0.9(同ピンホール視力)
矯正0.4(ソフトコンタクトレンズ)
0.8(同ピンホール視力)
矯正1.2p(ハードコンタクトレンズ)
セ 同月29日
右眼 裸眼1.5
左眼 裸眼0.01,矯正0.1(眼鏡)
矯正0.3(ハードコンタクトレンズ)
矯正0.6(ハードコンタクトレンズ及びソフトコンタクトレンズを重ねたピンホール視力)
(7)  現在の原告の左眼について
現在の原告の左眼の裸眼視力は,カンファレンス鑑定においては,0.01又は30cm指数弁(矯正不能)との意見が出されている。もっとも,原告の左眼には,こうした視力障害に相当する角膜混濁等の病的な他覚的所見や器質的な異常は認められないことから,視力障害の原因は不明であり,特定の治療・処置によって確実に視力が矯正できるという明確な見通しはなく,したがって,その矯正可能性も不明であるとされている。
2  LASIK手術に関する医学的知見
前記前提となる事実等(第2の1)及び証拠(甲B2,3,5ないし18,21ないし23,29,31,36ないし39,46ないし52,54ないし67,69,70,72ないし75,77ないし87,89,乙A1,乙B1ないし15,20,24,被告Y1,鑑定の結果)によれば,次の事実を認めることができる。
(1)  エキシマレーザー装置による手術に関する用語等
前記前提となる事実等(第2の1(2))記載のとおり。
(2)  LASIK手術の適応
ア 日本眼科学会は,平成12年1月に,厚生大臣が眼科用エキシマレーザー装置を医療機器として承認し,国内外共にエキシマレーザー装置を用いたLASIK手術が屈折矯正手術として数多く行われている状況を踏まえ,LASIK手術の適応について,同年5月12日付けの「エキシマレーザー屈折矯正手術のガイドライン」を作成したが,これが他の医学文献等にも引用されるなど(甲B66,乙B5,14),臨床の場においてもほぼ同様の考え方が採られていた。その内容は,以下のとおりである。
(ア) 適応
20歳以上,2D以上の不同視,2Dを超える角膜乱視,3Dを超える屈折度の安定した近視,屈折矯正量は6Dを限度,両眼手術を行う場合には,他眼の手術はPRK手術では1か月,LASIK手術では7日程度が望ましい。
なお,両眼同時手術の回避を示唆する文章は,平成16年2月13日付けの改訂に際し,削除された(甲B66の238頁)。
(イ) 禁忌
外眼部の炎症,円錐角膜,緑内障,白内障(核性近視),ぶどう膜炎や強膜炎に伴う内眼性の活動性炎症,全身性の結合組織疾患,重症の糖尿病,重症のアトピー性疾患など,創傷治癒に影響を与える全身性疾患及び免疫不全疾患など,乾性角膜炎の取扱いについても同じ,角膜ヘルペスの既往,他の屈折矯正手術の既往,角膜疾患を来すおそれのある薬剤を服用している者(特にブチロフェノン系向精神薬,イソトレチノイン,塩酸アミオダロンなど)
イ なお,同ガイドラインは,「我が国においてもLASIK手術が屈折矯正手術の第一選択手技として普及,発展しており,実情に沿った新たなガイドラインの作成が必要となっ」たとして(甲B66,乙B3,20),平成16年2月13日付けで,適応等に関し,以下のように改訂された。
(ア) 適応
a 年齢は,20歳以上とする。
b 対象は,屈折値が安定しているすべての屈折異常(遠視,近視,乱視)とする。
c 屈折矯正量
(a) 近視PRKについては,原則として6Dを限度とする。
(b) 近視LASIKについては,当分はPRKに準じて実施する。
(c) 遠視LASIKについては,6Dを限度とする。
(イ) 実施が禁忌とされるもの
a 活動性の外眼部炎症
b 円錐角膜
c 白内障(核性近視)
d ぶどう膜炎や強膜炎に伴う活動性の内眼部炎症
e 重症の糖尿病や重症のアトピー性疾患など,創傷治癒に影響を与える可能性の高い全身性あるいは免疫不全疾患
f 妊娠中又は授乳中の女性
(ウ) 実施に慎重を要するもの
a 抗精神薬(ブチロフェノン系向精神薬など)の服用者
b 緑内障
c 全身性の結合組織疾患
d 乾性角結膜炎
e 角膜ヘルペスの既往
f 屈折矯正手術の既往
(エ) インフォームド・コンセントの必要性
前回の答申と同じである。エキシマレーザー屈折矯正手術に伴って発現する可能性のある合併症と問題点については十分に説明し同意を得ることが必要である。特に,眼鏡やコンタクトレンズなどの矯正方法が他に存在すること,3D以内の近視については老視年齢に達した時にデメリットが生じる可能性があること,屈折矯正手術後に何らかの疾病で受診した場合,本手術の既往について担当医に申告すること,を十分に説明することが望まれる。
(オ) 術中の留意点について
マイクロケラトームは,未だ厚生労働省の適応承認を受けていないため,医師は自己の責任においてLASIK手術を行わなければならない。
3  EC-5000シリーズ及びMK-2000に対する承認履歴
前記前提となる事実等(第2の1)及び証拠(甲B13,乙A1,乙B16ないし19,23,27,被告Y1,鑑定の結果及び調査嘱託の結果)によれば,EC-5000シリーズ及びMK-2000については,以下のとおり,FDAによる承認及び薬事法14条に基づく厚生大臣又は厚生労働大臣による製造販売の承認がされたと認めることができる。
なお,本件機器に内蔵されるソフトウェアについては,単体としては,医療機器として薬事法14条による承認の対象とはされていない(調査嘱託の結果)。
(1)  平成10年4月24日
EC-5000 厚生大臣による製造販売の承認
使用目的 治療的角膜切除術(PTK):角膜表層の病変部の切除
(2)  平成11年9月24日
MK-2000 FDAによる承認
使用目的 フラップの作成
(3)  平成12年1月28日
EC-5000 厚生大臣による製造販売の承認
使用目的の追加 角膜屈折矯正手術(PRK):遠視及び遠視性乱視を除く屈折異常の矯正
(4)  平成12年4月14日
EC-5000 FDAによる承認
使用目的 LASIK手術
(5)  平成15年9月26日
EC-5000 厚生労働大臣による製造販売の承認
照射パターンの変更(フレックス照射)
(6)  平成18年10月11日
EC-5000 FDAによる承認
使用目的の追加 遠視矯正
(7)  平成18年10月25日
EC-5000 厚生労働大臣による製造承認事項の一部変更承認
使用目的の追加 レーザー角膜内切削形成術(LASIK):近視及び近視性乱視の矯正
(8)  平成18年10月25日
MK-2000L 厚生労働大臣による製造の承認
使用目的 レーザー角膜内切削形成術(LASIK)における角膜フラップの作製
(9)  平成19年10月1日
EC-5000CXⅢ 厚生労働大臣による製造販売の承認
販売名 エキシマレーザー角膜手術装置 EC-5000CXⅢ
4  上記各認定事実に基づいて,争点について検討する。
(1)  争点1(薬事法14条による製造販売の承認を得ていない機器の使用に関する過失の有無)について
ア 本件機器について
(ア) 第1回LASIK手術(OATZ照射,フレックススキャン照射)
前記前提となる事実等及び上記認定事実によれば,次のことが明らかである。すなわち,LASIK手術は,1995年(平成7年),FDAが,エキシマレーザーを認可したことによって急速に普及し,アメリカでは,2002年(平成14年)には,100万人を超える人がこの手術を受けたといわれるほど普及していた。EC-5000については,平成12年4月14日,FDAが,安全性・有効性を確認した上で,LASIK手術を使用目的とした販売を承認していた。また,国内においても,厚生大臣は,同年1月28日,EC-5000の製造販売を承認しており,これを受けて,日本眼科学会では,エキシマレーザー屈折矯正手術のガイドラインを定め(甲B66,乙B3),これについては,「国内外ともに,エキシマレーザー装置を用いたlaser in situ kerato mileusis(LASIK)が屈折矯正手術として数多く行われていた状況を踏まえ,2000年5月12日,日本眼科学会エキシマレーザー屈折矯正手術ガイドライン起草委員会は,エキシマレーザー屈折矯正手術のガイドラインを答申した。」と記載されているなど,平成12年当時においても,国内外でLASIK手術が数多く行われていたことが推認される。そして,平成14年当時,EC-5000シリーズによるLASIK手術,OATZ照射は,海外のみならず,国内においても一般的に行われており,既に十分な臨床実績を積んでいた(鑑定の結果)。また,被告クリニックにおいては,EC-5000及びMK-2000を使用したLASIK手術は,第1回LASIK手術当時,3万件程度行われていた(被告Y1)。
このような事実のほか,EC-5000によるフレックススキャン照射は平成15年9月26日に,LASIK手術は平成18年10月25日に,それぞれ厚生労働大臣による承認がされたこと(前記3(5),(7))にも徴すると,第1回LASIK手術当時,本件機器の製造に関しては,LASIK手術は使用目的とされていなかったけれども,本件機器はLASIK手術において,国内外で一般的に使用されて実績を有しており,その安全性・有効性は確認されていたものと認められるから,被告Y1医師が,第1回LASIK手術において本件機器を使用したことについて過失があるとは認められない。
(イ) 第2回LASIK手術(セグメンタル照射,遠視矯正,PTK)
上記認定事実によれば,次のことが明らかである。すなわち,EC-5000については,平成10年4月24日,厚生大臣が,PTKを使用目的とした製造販売を既に承認していた(前記3(1))。また,平成15年当時,EC-5000による遠視矯正について,事故事例,危険性等が報告されたり,使用に当たって注意を喚起するような明確な情報はなかった(鑑定の結果)。さらに,第2回LASIK手術については,原告の同術前の検査所見や手術が2回目であることなどから,セグメンタル照射,遠視矯正及びPTKを行ったことに不適切な点はないとされている(鑑定の結果)。
このような事実のほか,EC-5000による遠視矯正は平成18年10月11日にFDAによる承認がされ(前記3(6)),セグメンタル照射(カスタム照射)を使用目的とするEC-5000CXⅢ(甲B73)は平成19年10月1日に厚生労働大臣による承認がされたこと(前記3(9))にも徴すると,第2回LASIK手術において本件機器を使用したことについて,被告Y1医師に過失があったということはできない。
イ MK-2000について
上記認定事実によれば,次のことが明らかである。すなわち,フラップ作成を目的としたMK-2000については,第1回LASIK手術前の平成11年9月24日,FDAが,安全性・有効性を確認した上で販売を承認していた(前記3(2))。また,MK-2000は,本件機器と同様,海外のみならず,国内においても一般的に使用されており,既に臨床実績のある機器であった(鑑定の結果)。さらに,日本眼科学会によるエキシマレーザー屈折矯正手術のガイドラインには,マイクロケラトームはいまだ厚生労働省の適応承認を受けていない旨の記載に続けて「医師は自己の責任においてLASIK手術を行わなければならない。」旨記載されており,上記ガイドラインにおいても,医師の裁量による使用を許容している(甲B66,乙B3,20)。
このような事実のほか,平成18年10月25日には,フラップ作成を目的としたMK-2000Lが厚生労働大臣によって承認されたこと(前記3(8))にも徴すると,第1回LASIK手術においてMK-2000を使用したことについて,被告Y1医師に過失があったということはできない。
ウ 原告は,本件機器及びMK-2000は,本件各LASIK手術当時,薬事法上,使用目的によっては製造販売が承認されておらず,また,LASIK手術専用のノモグラムも確立していないなど,その安全性は確認されていなかったにもかかわらず,被告Y1医師は,これらの機器を使用して本件各LASIK手術を行った旨主張し,C医師作成に係る患者検査報告書(甲B89)にもこれに沿う記載がある。
しかしながら,本件各LASIK手術において行われた術式が,いずれもその当時安全性・有用性が確認されていなかったとはいえないことは前記のとおりである。また,鑑定の結果によれば,薬事法14条による製造販売の承認がされていない医療機器であっても,臨床においては既に安全性・有効性が確認され,汎用されているものも少なくなく,薬事法14条に基づく承認が得られていないからといって,直ちに当該医療機器を使用した医療行為が不適切とされるものではない(厚生省医薬安全局審査管理課長の通達(甲B20)は,マイクロケラトームに関して,LASIK手術などの新しい術式への効能等を標榜しようとする場合には,承認を要しない類別許可品目(当時の薬事法施行規則18条1項本文)には当たらず,承認申請を行う必要がある旨を,各都道府県衛生主管部を通じて関係業者に周知徹底させようとしたものにすぎない。)。このことは,平成16年2月13日付け日本眼科学会によるエキシマレーザー屈折矯正手術のガイドライン(甲B66,乙B3,20)において,薬事法14条に基づく製造販売の承認前の段階であっても,「屈折値が安定しているすべての屈折異常(遠視,近視,乱視)」が屈折矯正手術の対象とされ,「近視LASIK」や「遠視LASIK」が「適応」欄に明示されるなど,上記承認前の段階であっても,EC-5000によるLASIK手術及び遠視矯正を行うこと自体については,ガイドライン上,必ずしも制限されていないこととも付合している。さらに,ノモグラムについては,これに関する医学文献(甲B60,61,63ないし65,79)を検討しても,これらは,各医療施設における個々の症例(患者の年齢,矯正量等)や経験に基づいて,ノモグラムを微調整すべき趣旨を記載するにとどまるものであって,術者に対し一般にノモグラムが確立してから手術すべきことまでは求められていない(鑑定の結果)。そして,C医師作成に係る患者検査報告書(甲B89)は,原告の左眼の視力障害の原因について抽象的な可能性が簡潔に記載されるにとどまっており,いまだ上記認定を覆すに足りないというべきである。
なお,原告は,被告クリニックの関係者が,バルセロナ等の会議で報告を行ったことに関して指摘するけれども,被告クリニックの関係者が同会議において何らかの学術報告を行ったことはうかがわれるものの,その内容が原告に関するものであるか必ずしも明らかでない上,いずれにせよ,前記の本件機器等の安全性や承認履歴等からすれば,原告指摘の上記事実は,前記判断を左右するものではない。
エ その他,原告は,争点1について様々な主張をするけれども,いずれも理由がない。
(2)  争点2(3つの施術を同時に行ったことに関する過失の有無)について
ア 第2回LASIK手術当時,セグメンタル照射,遠視矯正及びPTKは,それぞれ特段の危険性を有するものとはされていなかったことは前記のとおりである。また,鑑定の結果によれば,原告の第2回LASIK手術前の検査所見や手術が2回目であることなどから,これらの3つの施術を連続して行ったことに不適切な点はないとされている。そして,本件全証拠によっても,セグメンタル照射,遠視矯正,PTKの3つの施術を同日に連続して行うことが,これらを別日に独立して行う場合に比して,術後の合併症や視力低下等の危険性を高めると認めるに足りる証拠はない。
このような事実に徴すると,第2回LASIK手術において,被告Y1医師が,セグメンタル照射,遠視矯正,PTKの3つの施術を同日に連続して行ったことに過失があったということはできない。
イ 原告は,第2回LASIK手術当時は,セグメンタル照射はおろか,LASIK手術専用のノモグラムさえ確立していなかったのであるから,セグメンタル照射,遠視矯正,PTKの照射を同時に行うことの安全性は何ら確立していなかった旨主張する。
しかしながら,ノモグラムが確立していなければ手術を行ってはならないとは必ずしもいえないことは前記のとおりである。また,上記のとおり,鑑定の結果によれば,セグメンタル照射,遠視矯正,PTKの3つの施術を同時に行うことが不適切であるという根拠はないとされている。
このような事実からすれば,原告の上記主張は採用することができない。
(3)  争点3(説明義務違反の有無)について
ア(ア) 上記認定事実によれば,次のことが明らかである。すなわち,原告は,平成14年4月15日,被告クリニックの初診時にLASIK手術に関するコンサルテーション(LASIK手術における一般的な説明)を受け,被告クリニックのB医師から,① 見え方の質の低下,② 視力回復・安定にある程度時間がかかる,③ 近視に戻る可能性あり,④ 個人差あり,⑤ 手術は100%ではない(角膜上皮剥離、層間角膜炎,上皮迷入、フラップずれ・しわ),⑥ ケラトームがフィットしない時やフラップがきれいにできない時は中止もあり得る,⑦ 将来老眼鏡が必要,⑧ 手術の合併症として,ドライアイ,夜間の見え方の低下,にじみがある,⑨ 乱視戻りある,⑩ 手術後の見え方は左右同じにはならない,⑪ 左眼のみ強く圧迫するクセがあり,乱視はこのためかもしれないので,そのクセは今日からやめるようにとの説明がされた(前記1(1)ア)。また,原告は,LASIK手術をいったんキャンセルした後の同年9月30日に,被告クリニックの医師から質問の機会を与えられ,「左のみ手術の方が良いのか。」との質問をし,同医師から「しなければならない手術ではないので,どちらが良いとはいえない。」などと回答されるなど,LASIK手術の必要性等について質疑応答による説明を受けた(前記1(1)イ)。さらに,原告に対しては,LASIK手術の内容,使用する機器,適応と禁忌,合併症等が記載された「EXCIMER LASER REFRACTIVE SURGERY GUIDANCE」と題するパンフレットが術前に交付されている上(前記1(1)エ),原告は,「私はクリニカルガイダンスを読みました。」,「LASIK手術の効果は必ずしも予測できません。」,「LASIK手術は100%安全ではありません。」等の詳細な記載がある「LASIK同意書」(甲A1の155頁)に署名押印の上,第1回LASIK手術を受けた(前記1(2))。
そして,原告は,第2回LASIK手術前においては,被告Y1医師から,前回と同じ照射だと,同じように視力の戻りが起こる可能性が大きいこと,第2回LASIK手術においては,照射方法が変わり,カスタム照射を予定すること,この場合,3回目の微調整が必要かもしれないことの説明を受けた(前記1(3)オ)。また,原告は,「カスタムLASIK」の特徴等について記載されている上記パンフレットを受領しており(前記1(1)エ),上記と同様の記載がある「LASIK同意書」(甲A1の156頁)に署名押印の上,第2回LASIK手術を受けた(前記1(3))。
(イ) なるほど,日本眼科学会の前記ガイドライン(甲B66,乙B3,乙B20)においても,2000年(平成12年)1月,厚生大臣が眼科用エキシマレーザー装置を医療機器として承認したが,その屈折矯正手術への使用承認は基本的にPRKに限るものであり,平成16年2月13日段階でも厚生労働省のこの解釈は変わっていない旨指摘されており,同年の改訂後のガイドラインにおいても,施術者は手術の問題点と合併症とについての十分な説明を行い,対象者が納得した上で実施されなければならない旨記載されている。
しかしながら,被告クリニックの医師らの原告に対する上記説明及び原告との質疑応答の経緯にかんがみると,被告クリニックの医師らに説明義務違反があったということはできない。
イ 原告は,被告クリニックの医師らは,本件各LASIK手術前において,原告に対し,LASIK手術の内容,危険性,合併症,長期的予後等について説明すべきであったのにこれを怠り,虚偽の説明を行った旨主張し,原告は,本人尋問においてこれに沿う供述をし,原告の陳述書(甲B1,92,95)にも,これに沿う記載がある。
しかしながら,被告クリニックのカルテ(甲A1)には,原告に対する説明内容や質疑応答の内容が具体的に記載されており,また,前記のとおり,原告は,被告クリニックにおいて,LASIK手術に関するコンサルテーションを受け,被告クリニックからガイダンスのパンフレットを受領し,二度にわたり「LASIK同意書」(甲A1の155,156頁)に署名押印の上,本件各LASIK手術を受けていることからすれば,原告は.本件各LASIK手術に関する必要な情報を得ているものといえ,被告クリニックの医師らが,必要な説明を怠り又は虚偽の説明を行ったものと認めることはできない。
ウ また,原告は,本件機器及びMK-2000が薬事法14条に基づく製造販売の承認が得られていないことについても説明すべきであった旨主張する。
しかしながら,鑑定の結果によれば,薬事法14条による製造販売の承認がされていない医療機器であっても,臨床においては既に安全性・有効性が確認され,汎用されているものもあり,上記承認の有無を逐一説明していない場合も少なくないとされる。そして,本件各LASIK手術の安全性,合併症等の情報は,必要な範囲で原告に提供されていたと認められることは前記のとおりである。
そして,前記のとおり,日本眼科学会の前記ガイドラインも,厚生大臣が眼科用エキシマレーザー装置を医療機器として承認したが,その屈折矯正手術への使用承認は,基本的にPRKに限るとの解釈を変えていない点を指摘するものの,施術者は,手術の問題と合併症とについて十分な説明を行い,対象者が納得した上で実施すべきことを求め,マイクロケラトームについても,医師が自己の責任においてLASIK手術を行わなければならない旨指摘するにとどまるものであることも併せ考えると,被告クリニックの医師らが,原告に対し,本件機器及びMK-2000について薬事法14条に基づく製造販売の承認が得られていないことまで説明すべきであったとはいえない。
エ さらに,原告は,本件各LASIK手術当時,LASIK手術専用のノモグラムが確立していなかったこと,原告にはLASIK手術の適応がないこと,原告の角膜混濁とPTKの必要性についても説明すべきであった旨主張する。
しかしながら,ノモグラムの確立と施術の可否は必ずしも関連するものではないことは前記のとおりであり,また,LASIK手術の適応は,前記2(2)認定のとおりと考えられており,原告がバスの運転手であったこと,非対称乱視であったこと等の原告が主張する事実を検討しても,原告にはLASIK手術の適応がないとは認められない(鑑定の結果)から,これらの点を説明すべき旨の原告の上記主張は説明義務発生の前提を欠くものであり,採用することができない。さらに,第2回LASIK手術において行われたPTKは,角膜の表面をスムースにするためのものであり(甲A1),原告の左眼に角膜混濁が生じていたことによるものではないから,原告の角膜にいかなる混濁が生じているかを説明すべきであった旨の原告の主張は,上記同様に説明義務発生の前提を欠くものであり,採用することができない。
オ その他,原告は,被告クリニックの医師らに説明義務違反があったとして様々な主張をするけれども,原告の主張はいずれも理由がなく,採用することができない。
5  結論
以上によれば,原告の不法行為(民法709条及び715条)又は診療契約上の債務不履行に基づく損害賠償請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がないから,いずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 浜秀樹 裁判官 三井大有 裁判官 小津亮太)

〈以下省略〉

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